反復性の妊娠損失と循環器疾患死亡の関連

山田恵子


 妊娠損失(流産、死産等の出産を伴わない妊娠終結?の包括的用語)は様々な原因で生じますが、母体の負担であると共に、母体の自己免疫疾患、先天性凝固異常等の合併症を診断する契機にもなります。

 2011年米国心臓学会のガイドラインには、妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病のような妊娠合併症は循環器系や代謝内分泌系に負担をかけ、将来循環器疾患を発症するリスク指標となりうることから、プライマリ・ケア医や循環器内科医は女性の妊娠合併症の病歴について留意すべきであると記載されています。しかしながら、妊娠合併症の結果生ずることの多い妊娠喪失と長期の循環器疾患発症リスクに関する、アジア圏の研究はあまり行われていません。そこで、日本人において、妊娠損失が循環器疾患死亡に寄与するリスクを検討し、国際専門誌に発表しました(Journal of Stroke and Cerebrovascular Diseases)。


52,289名の女性を平均18年にわたって追跡した研究


 今回の研究では、アンケート調査にご協力いただいた約11万人の男女のうち、1回でも妊娠をしたことがあると回答をし、さらにアンケート回答時に脳卒中、あるいは心筋梗塞を起こしたことがあると回答した者を除く、40歳以上の女性52,289名を対象に、その後平均18年間にわたって循環器疾患死亡のリスクについて追跡調査を行ったデータを分析しました。

 追跡期間中に2,815名に循環器疾患死亡が確認されました。循環器疾患を種類別(虚血性脳卒中、脳内出血、くも膜下出血、冠動脈疾患等)にわけ、妊娠損失頻度「妊娠損失なし、損失1回、損失2回以上」の3つの群の間で、それぞれの循環器疾患死亡のリスクの比較を行いました。循環器疾患死亡のリスクは、高齢、学歴、喫煙習慣、飲酒習慣といった他の要因によっても高くなることがわかっていますので、あらかじめ統計学的にそれらの影響を除く手法を用いて分析しました。


2回以上の妊娠損失をした群で、むしろ循環器疾患全体の死亡のリスクを軽減させる可能性があるという結果


 得られた結果を図に示します。妊娠損失のない人を1としたときに損失2回以上の人たちで何倍、循環器疾患による死亡リスクが高くなるかを示したものです。海外の先行研究を元に、妊娠損失は母体に負担があると仮説を立てておりましたが、今回日本人のデータでは、むしろ循環器疾患全体の死亡のリスクを約15%程度軽減させる可能性があるという結果が得られました。この理由については、あくまで推測ですが、循環器系に負担となる出産を伴わない、早期の妊娠損失は、エストロゲン等のホルモン増加による心血管系への好影響が長期予後に関連したのではないかと考察しました。欧米と異なり、日本でのみ、このような結果が得られたのは、日本では早期流産の際、欧米と比較して待機的な方法よりも、外科的に子宮内容の掻爬が行われる傾向にあるため、流産後に子宮内に留まった子宮内容物による免疫反応や炎症反応が抑えられ、エストロゲン等による心血管系への好影響が相殺されることなく経過したのではないかと考えました。



若年層では2回以上の妊娠損失をした群で、妊娠損失がない群と比較して、虚血性脳卒中による死亡リスクが約2倍


 妊娠損失の原因のうち、先天性凝固異常や血管壁異常によって胎盤を介した母体から胎児への血流に支障が出るものについては、原因となった先天性凝固異常や血管壁異常そのものが、母体にとって若年で虚血性脳卒中を発症する死亡リスクであると仮説を立てました。そこで、年齢層を40~59歳、60~79歳の2群にわけて分析したところ、若年群の40~59歳において、2回以上の妊娠損失歴のある女性は妊娠損失歴のない女性と比較して、虚血性脳卒中死亡のリスクが約2倍であるという結果がえられました。


今回の研究の意義 ―妊娠損失歴を女性の循環器疾患における長期的な影響因子として捉えることの重要性―


 妊娠損失歴は生殖医療において重要な関心事で、挙児希望の女性が頻回の妊娠損失歴を有する場合には、頻回の妊娠損失を生じた原因を検索するといった医療的な介入がなされますが、頻回の妊娠損失自体が長期の循環器疾患発症に影響することは予防医学や日常診療においてあまり意識されていません。

 今回の研究により、妊娠損失歴は女性の生涯における循環器疾患死亡に影響を及ぼし、特に反復性(2回以上)の妊娠損失歴と若年の虚血性脳卒中死亡のリスクに関連がある可能性が示唆されました。妊娠損失歴は生殖年齢にある女性の健康に関連するだけでなく、長期に渡って循環器疾患のリスクと関連がある可能性に留意する必要があると考えられます。

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