肺がんと血清カロテノイド

伊藤宜則


 故平山雄博士は、保健所を拠点として、約27万人の成人男女を対象にライフスタイルと健康状態との関連を17年間追跡調査した結果、緑黄色野菜類の摂取頻度の多い方は、肺がん、胃がんや結腸がんなどのがんで亡くなることが少ないことを統計的に明らかにしました。


 また、世界各国で調査した結果でも野菜や果物摂取が多い方々は、同じように多くの部位のがん抑制が認められました。特に、肺がんはほとんどの調査で、緑黄色野菜類の摂取頻度が多いほどなりにくいという一致した成果が示されました。


 地球は、他の星と異なり「水」が多く存在し、緑黄色野菜類などは、太陽エネルギーを使って、水と炭酸ガスから「ブドウ糖(エネルギー源)」と生命維持に不可欠な「酸素」を産生します(光合成)。その際、発生する「活性酸素(細胞膜や遺伝子(DNA)などを壊す“暴れん坊”酸素)」を生命維持に欠かせない穏やかな「酸素分子」とするために光合成植物(クロロフィルなどを有する)は「カロテノイド(自然界に約400種類以上存在)」という物質を自ら作り備えています。


 環境汚染やストレスなどいろいろな刺激で産生される活性酸素は、細胞膜や遺伝子(DNA)などを壊すことによりがん発生の引き金になることから、平山雄先生は、この野菜類などに多く存在するカロテノイドががん抑制に重要なものではないかと云われていました。そこで、血清中カロテノイドが多いものでは、肺がんが少ないかどうかを調べてみました。


血清カロテノイド値の高いものでは肺がんは抑制されるか?

 これまで海外の多くの調査で、肺がんになったものはならなかったものに比較して、血清ベーターカロテン(人の血液中に多くみられるカロテノイドの一つ)が低いことが示されています。今回、私達は日本各地(45地区)の住民約11万人を対象とした調査研究(JACC Study)で、血清を採取し約9年間保存している間に肺がんで亡くなった方について、血清カロテノイド値を調べてみました。


 調査開始2年以内で亡くなった方および調査開始時点で既に肺がんがあった方などを除いた肺がんの方々と、性や年齢を合わせて生存した方々の血清カロテノイド値を比べたところ、血清ベーターカロテン値は肺がん死亡者で低く(肺がん死亡者:0.29μmol/l、生存者:0.35μmol/l)、総カロテノイド(検出できるカロテノイド全体)値も低い(肺がん:1.74μmol/l;生存:1.87μmol/l)ことがわかりました。


 また、血清ベーターカロテンおよびカロテノイド値を4等分して比べますと、肺がんの危険度はベーターカロテンが最も低いグループを1.0とすると、最も高いグループでは0.21と約80%危険度が低く、総カロテノイド値では、最も低いグループの1.0に対して最も高いグループで0.27と同様に約70%以上危険度が少ない成績が得られ、血清カロテノイド値の高い方では、その後の肺がん死亡が少ないことが明らかになりました。


野菜類摂取は血清カロテノイド値に反映されるか?

 野菜類は有色野菜類とその他の野菜類に大別されます。有色野菜類とは、可食部(食べられる部分)100g当りにカロテン(主にベーターカロテン)を 600μg以上含む野菜類を云います。例えば、しその葉は可食部100g当り8,700μg、にんじんは7,300μg、ほうれん草は3,100μg、日本かぼちゃ620μgのカロテンを含むとされ、これらはすべて有色野菜類です。食べた野菜から体内へ吸収されるカロテンの量は約30%程度とされ、食べるときに油脂等と一緒にとるとより多くなることがわかっています。


 これら野菜類を食べる量と血清カロテノイド値との関係は、相関係数(両者が一致した際1.0)で約0.2~0.4程度で、食べれば食べるほど血清カロテノイド値は上がりますが、吸収される量に個人差もあると考えられます。一方、野菜類はベーターカロテンなどのカロテノイドの他、多くのビタミン類やミネラル類等も含んでいるので、カロテノイドだけでなく他の成分によってがんが抑制されるという相乗効果も期待されます。


 サプリメントとしての合成ベーターカロテン製剤では、野菜類よりも効率よくカロテンが吸収されることがわかっていて、ベーターカロテン油溶液では約90%程度が吸収されるとされています。たくさん野菜類を取るととらないよりも肺がんになりにくいことが今までの研究でわかっていますが、それならば、サプリメントとして合成ベーターカロテン製剤をとると肺がんになりにくいのでしょうか。


 残念ながら、合成ベーターカロテン製剤(20mg/日以上)を長期間(5年以上)服用すると、逆に肺がん発生が多くなるという「諸刃の剣」ともいえる研究の結果が出ています。

 そこで今は、ベーターカロテン製剤の単独多量摂取は控え、野菜類として取るほうがよいと考えられています。

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