日本人男女の肺がん死亡と血清カロテノイド・脂溶性ビタミンとの関連

伊藤宜則


はじめに

 これまで欧米より少なかった日本人の肺がんは、特に男性で罹患率・死亡率が上昇し、欧米の率に近づいています。肺がんは、大気汚染などの生活環境や喫煙及び食生活など日常生活習慣に関わる多くの要因との関連が示されてきました。なかでも、日常の食習慣は、生きる上で不可欠なものであり、各地域、季節及び家庭内でも個人で異なるので、その影響を検討することが重要です。肺がんは、食習慣より喫煙、大気汚染など生活環境要因に大きく影響を受けますが、その影響を軽減させる食物・栄養素も知られています。これまでの疫学調査により、肺がんには緑黄野菜類など特定の食物摂取が有効な予防要因の一つであることが数多く示されています。また、これら野菜類に含まれるカロテノイドや多くのビタミン類などの栄養成分に、がん抑制効果があることも実験的に示されてきました。


 JACC Studyでは、約4万人弱の方々の血清を頂き保管してきましたので、血清中のカロテノイド、脂溶性ビタミンなどと肺がんとの関連性の検討を試みました。すなわち、1997年までに肺がんで亡くなられた211名(男性163名、女性48名)に対して、調査地域、性、年齢等を一致させた生存者487名(男性375名、女性112名)を対照として調査しました。取り上げた血清成分は、調査時点の各対象者の血清カロテノイド、レチノール(ビタミンA),トコフェロール(ビタミンE)などの脂溶性ビタミン及び葉酸値を測定し、肺がん死亡者と対照者と比較することで、肺がん死亡と関連があるか。また、どの程度肺がん死亡抑制に係わるかについて、男性と女性を区別して、明らかにすることを目的としました。(J Epidemiol 2005; 15:S140-S149)


肺がん死亡割合(危険度)と血清カロテノイド値との関連

 血清内には食物から摂ったいろいろなカロテノイドが見つかっています。それぞれの方の血清内の各カロテノイドの存在量は、食習慣や喫煙・飲酒習慣など日常の様々な生活習慣、さらには体内への取り込み(吸収)の個人差などにもより、大きく左右されることが知られています。


 今回のJACC Studyの調査では、対象者の血清内で見つかった成分量をその量により4群に分け、最低値群の方の肺がん死亡割合(危険度)を1.0として、順次高い群に含まれる方の危険度を統計学的に検討しました。男性では、下図に見られますように、肺がんの危険度は、人参、かぼちゃなどに多く含まれるβ-カロテン、柑橘類などの果物類に多いクリプトキサンチンおよび全体の総カロテノイド値の高い者では順次低くなり、最も高い群では最も低い群の半分以下となりました。また、ほうれん草、レタスなど緑葉野菜類に多いゼアキサンチン/ルテイン値の高い群でも同様に低い傾向が見られました。女性では、ゼアキサンチン/ルテイン値および全体の総カロテノイド値は、高値群ほど男性と同様に低い危険度となりましたが、β-カロテンおよびクリプトキサンチンの最も高い者では危険度が低くはなりませんでした。女性のこれらカロテノイド値は、そもそも男性の2倍程度あることが、男女差の原因かもしれません。


 β-カロテンの肺がん抑制効果を期待して欧米で実施されたβ-カロテン製剤の人への投与(服用)研究によれば、1日20mg以上のβ-カロテン製剤の投与は、肺がん発生をむしろ多くする「諸刃の剣」効果の結果も得られています。したがって、βカロテン製剤などのサプリメント服用等により、血清β-カロテン量を過剰に高めることには、充分な注意が肝要であると思われます。


肺がん死亡割合(危険度)と血清脂溶性ビタミンや葉酸との関連

 血清カロテノイドと同様に、ビタミンA、ビタミンE及び葉酸について、対象者をそれぞれの血清成分量により4群に分け、低値群の肺がん死亡割合(危険度)を1.0として、高値群の危険度を比較しました。下図に見られますように、肺がん危険度は、男性ではビタミンAの前躯体(ビタミンAに変化する前の状態)であるプロビタミンAと血清ビタミンA、ビタミンEおよび葉酸の高値者群で低くなりましたが、女性では、その低下傾向が少なく、特にビタミンAではむしろ高める傾向が示されました。


まとめ

 JACC Studyによりカロテノイド、脂溶性ビタミン(ビタミンA・E)、葉酸などの肺がんの死亡割合への影響について調べた結果、肺がん死亡リスクには男女差(男/女比:日本の死亡比=約2.8倍)があることから、その影響も否定できませんが、肺がんへの影響要因とその程度にも、若干の性差が認められました。


 カロテノイドを含む食物類などの積極的な摂取は、男性では肺がん危険度を低める可能性が示唆されました。一方、女性では、特に血清内のカロテノイドや脂溶性ビタミン量などが高くても必ずしも危険度を低める成績が示されませんでした。


 今回の結果からは、血清カロテノイド値を高めるために、β-カロテンなどのサプリメント(製剤)などを過度に摂取することは「諸刃の剣」効果もあり、勧められません。また、ビタミンA・E及び葉酸などの個々のビタミン類は肺がんの危険度を低下させる効果が若干示されましたが、ビタミンAでは女性でむしろ高めるという逆の結果が示されました。今回の結果から、バランスの取れた食物摂取で体内に取り込まれたこれらビタミン類を含めた様々な栄養素による複合的効果で肺がんの危険度が低められることが期待されますが、その摂取には性差の考慮も必要と思われます。

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