胃がんと生殖歴

金子聰


 胃がんの男女比は、我が国だけではなく、海外においても40歳を越える頃より1を超え始め、 60歳頃には、男性が約2~3倍程度高くなります。したがって、女性にあって、男性にない何かの要因が胃がん発生を抑制していることも考えられます。なかでも女性ホルモンによる胃がんリスクの抑制の可能性が一番興味のあるところです。


 そこで、女性ホルモンの影響と関係の深い生殖歴と胃がんの関連を検討するために、調査開始時に既に閉経を迎えていた女性40,535名の生殖歴(初経、閉経、生殖可能期間、出産)の胃がん死亡に対するリスクを算出し、専門誌(Cancer Causes Control 14巻53-59ページ 2003年)に発表しました。


どんな生殖歴を持つ女性で胃がんのリスクが低かったか?

 今回の研究から、初経から閉経までの期間が長い女性ほど、また出産経験のある女性では、胃がんのリスクが低い傾向が明らかになりました。ただし、この結果は、統計学的には有意ではありません。


 同じように胃がんと生殖歴の関連性を検討した疫学研究が、これまでイタリアとノルウェイ、さらに日本でも行われています。それらの研究結果と今回の研究結果を比較してみますと、一部は同じ傾向にあり、一部は異なった傾向を示しています。


過去の疫学研究との比較1:閉経年齢と胃がん

 過去のイタリア・ノルウェイ・日本における疫学研究の結果や今回の結果から、閉経年齢が早い女性では比較的胃がんのリスクが高く、閉経年齢が上昇するにつれ胃がんのリスクが減少し始めますが、再度、閉経年齢が遅い女性に胃がんのリスクが高くなることが明らかになりました。胃がんのリスクと閉経年齢との関係は、いわゆるU型の傾向を示しているようです。また、閉経が遅い女性は閉経が早い女性より胃がんのリスクが低くなるようです。


過去の疫学研究との比較2:初経年齢と胃がん

 ノルウェイの疫学研究では、初経年齢が早い女性ほど、胃がんのリスクが下がるという報告がなされましたが、イタリアや日本の疫学研究からは、そのような傾向は見いだされませんでした。今回の私どもの研究でも初経年齢と胃がんとの関連性は見いだせませんでした。


過去の疫学研究との比較3:生殖可能期間と胃がん;初経から閉経までの期間が長いと胃がんのリスクが下がる?

 今回の研究の結果、生殖可能期間(初経から閉経までの期間)が長い女性ほど、胃がんのリスクが低い傾向が認められました。この傾向は、イタリア・ノルウェイ・日本で行われた疫学研究の結果とも一致しているため、生殖可能期間が長い女性に何らかの胃がん抑制作用がある可能性があります。


過去の疫学研究との比較4:出産と胃がん

 初回妊娠年齢と胃がんとの関連性については、各国の疫学研究の結果は一致していません。したがって、初回妊娠年齢と胃がんとは関連がないと判断できるかもしれません。また、出産回数と胃がんとの関係についても、今回の研究結果からは、出産回数が多いほど胃がんリスクが低くなる傾向を示しましたが、他の疫学研究では、多出産の女性は、出産経験のない女性に比べ胃がんのリスクが高くなるという報告が出ており、一定の方向性が得られない結果となりました。


胃がんと生殖歴:この関係を修飾する因子に関して

 栄養状態がよいと初経年齢が早くなったり、子どもが多い人といない人では運動の仕方が違ったりと、生殖歴には様々な生活習慣が影響を及ぼすと考えられます。そこで、胃がんと生殖歴の関係にも生活習慣が影響を与えていると考え、解析時にはこれらの要素も考慮しました。しかし、解析結果を見ますと、胃がんと生殖歴の関係に、生活習慣因子は大きな影響を及ぼしていないようです。


まとめ:女性が男性に比べ胃がんが少ない理由を女性の生殖歴情報から解明できたか?

 結論から言いますと、今回の結果だけでは、結論づけるまでは至りませんでした。ただし、初経から閉経までの期間が長いほど胃がんリスクが減少するという結果は、海外でこれまでに得られた知見に矛盾しません。したがって、女性に特有のホ体内ルモン環境と胃がんとの間には何らかの関連があるかもしれません。

 いずれにしても、女性に胃がんが少ない理由を解明するには情報がまだ足りません。今後、さらにいろいろな検討を積み重ね、メカニズムが解明されていくことが期待されます。

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