月経歴と生殖歴が乳癌の罹患リスクに及ぼす影響

玉腰浩司


 女性の一生の健康について考える際、幼少期、思春期、性成熟期、更年期、老年期に亘る女性特有の因子、すなわち初経年齢、妊娠出産歴、初産年齢、閉経年齢などの生殖歴がどの程度疾患の発生に影響を与えるかを明らかにすることは大切です。そこで、私たちは近年罹患率が上昇し、我が国の女性のがんの中で罹患率が最も高い乳がんと先に示した生殖歴との関連を検討し、専門誌(Cancer Sci 2005; 96: 57-62)に発表しました。


妊娠出産の経験がある人の中では、その数が多い人ほど乳癌に罹りにくい

 40歳から79歳の女性38,159人を約7.6年間追跡したところ、151人の方が乳がんに罹患されました。私たちの研究では、追跡開始時に初経年齢、妊娠出産歴、初産年齢、閉経年齢などの生殖歴を含む生活習慣アンケートを実施しており、これらと乳がんの発生との関連を検討しました。

 出産歴については、その経験が無い方と有る方を比較した場合には乳がんの罹患率に統計学的に有意な差は見られませんでした。しかし、出産の経験がある方だけでその回数の影響を検討すると、出産を1回経験した方たちを基準にした場合、2回、3回、4回以上経験した方たちは、それぞれ0.78倍、0.68倍、0.31倍と、順に22%、32%、69%乳がんに罹患する危険度が下がることが分かりました。(図1)妊娠歴も同様の傾向が見られました。

【図1】出産回数と乳がん罹患リスク


初産年齢が遅い人ほど乳がんに罹りやすい

 初産年齢が25歳未満であった方たちを基準にして、25歳から30歳未満、30歳から35歳未満、35歳以上で初めて出産した方たちがどれくらい乳がんに罹患する危険があるかを計算したところ、それぞれ1.02倍、1.99倍、2.12倍と初産年齢が高いほど乳がんに罹りやすいことが分かりました。(図2)同様な検討をこの研究を始めた時点で既に閉経されていた方たちだけを対象に行ったところ、順に1.13倍、2.20倍、3.33倍と初産年齢の影響がより強く見られました。


 初経年齢、閉経年齢に関しては、乳がんの罹患との間に統計学的に有意な関連は認められませんでした。


 以上の結果を導き出す過程においては、統計学的な手法を用いることにより乳がんの発生に関係すると考えられる年齢、喫煙、飲酒、運動習慣、肉の摂取量、乳がんの家族歴、肥満度など、さらに生殖歴に関しても互いに考慮しました。したがって、関連の認められた妊娠・出産歴、初産年齢要因は他の要因にかかわらず乳がんの罹患と関連していることが示されたことになります。

【図2】初産年齢とと乳がん罹患リスク


 出産歴と乳がんの罹患との関連を説明するメカニズムの1つとして、乳腺細胞の変化が挙げられます。 乳腺は、妊娠とともに発達し、乳腺細胞が急激に増殖・分化し、出産とともに乳汁の合成が進みます。 その後、授乳が継続する間は乳汁の合成・分泌が維持されますが、離乳すると乳汁の合成は停止し、 乳腺細胞数の減少、乳腺の退縮が起こり妊娠前の状態に戻ります。


 過去の報告では、乳腺の増殖、分化、退縮といった変化を経験した出産後一定期間、 乳がんに罹りやすい時期があり、その後、出産を繰り返すことで、長期的に見れば乳腺細胞の分化が進み、 乳がんに罹りにくくなると言われています。ここに出てくる分化とは、 細胞がその場に合った構造や機能を果たすために形を変えていくことであり、 しっかりとした形になる程、外からの刺激を受けにくい、即ち癌化しにくくなることを意味します。 我々の研究において、出産の経験が無い方とある方を比較した場合には差が無く、 出産経験のある方たちを対象とした場合には、出産回数が多いほど乳がんに罹りにくかった、 また、初産年齢が高い方ほど罹りやすかったという結果は、上に述べたメカニズムに合致します。


 乳がんの罹患率は現在も上昇傾向にあります。我々の研究では認められませんでしたが、過去の研究によれば、初経を迎える年齢が早いこと、閉経を迎える年齢が遅いことも乳がんに罹る危険を増すと言われています。そこで、今回の研究で対象とした方たちで登録時の年齢毎に生殖歴の動向を検討してみたところ、若い人ほど初経年齢が早く、出産回数は少なく、初産年齢は遅く、閉経年齢も遅いとの傾向がみられました。時代とともに変化している女性の生殖歴が、今後どのように女性の疾病に影響を与えるか、乳がんのみならず他の疾患についても明らかにする必要があるでしょう。

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