交替制勤務者の前立腺がんリスク

久保達彦


 人間には体内時計と呼ばれる生体リズムを整える能力が元来備わっていて、生体内の様々な生命現象はおおよそ 24時間の規則的なリズムをもっていることが知られています。このリズムは概日周期(サーカディアンリズム)とよばれ、生体内のあらゆる機能調整に影響を及ぼしています。


 昼夜を交替して仕事をする交替制勤務者は、夜間に光刺激を受けることなどによって体内時計に乱れが生じ、心筋梗塞などの循環器疾患や胃炎などの病気に加えて悪性腫瘍(がん)にかかる危険性も高いことが多くの研究によって指摘されてきました。特に乳がんと交替制勤務の関連については多くの研究報告がされており、最近の海外の研究報告では夜勤業務に携わる女性労働者は乳がんのリスクが約1.5倍程度上昇すると結論されています。


 乳がんは女性に多く前立腺がんは男性にしかないがんですが、どちらも性ホルモンの影響を強く受けるなど多くの共通点が指摘されています。「女性交替性勤務者で乳がんが増えるのなら、男性交替性勤務者では前立腺がんが増えるのではないか?」そう思いついたことから、この研究が始まりました。


 研究ではJACC Study参加者の中から約14,000人の男性勤労者を解析対象として、生存分析という統計手法を用い、勤務時間と前立腺がんにかかるリスクの関連を検討しました。


その結果、働く時間が昼夜決まっていない交替制勤務者では、仕事の時間が昼間に限られる日勤者にくらべて前立腺がんに3.0倍かかりやすいことが観察されました。

 この結果は統計学的にも確からしいことが確認されました。 なお仕事の時間が夜間のみの夜勤者については日専勤務者にくらべ2.3倍のリスク上昇という結果が得られましたが、こちらの結果は統計学的にはリスクが上昇すると結論してよいか判断できない程度のリスクの上昇でした。


 前立腺がんが発生するメカニズムとしては、概日周期と極めて密接な関係にあるメラトニンというホルモンの分泌が低下することと、それによって引き起こされる生体内のホルモン環境の変化の両者が関係しているのではないかと考えられています。メラトニンには前立腺がん細胞の増殖を抑える働きがあることが確認されていますので、メラトニンの分泌低下は直接、前立腺がん発生に関与している可能性が考えられます。また、メラトニンが少なくなると体内のホルモン環境が変わり、男性ホルモンの分泌が亢進する可能性が指摘されています。この男性ホルモンの増加が、前立腺がんの発生に関与している可能性もあります。


 それでは、このようなホルモンバランスの変化を引き起こす交替制勤務など夜間に働く制度をなくすべきでしょうか? 残念ながらそう簡単に考えることはできません。近代化に伴い社会は劇的な変化をとげています。工場などでの24時間操業だけでなく、身近なところではコンビニエンスストアなど24時間終日にわたるサービス提供に対する社会のニーズは確実に広がっています。また医療などの分野では24時間のサービス提供は必須と言えるでしょう。生産性や社会機能を維持するために夜勤自体をなくすことはできません。


 夜間の働き方としては昼夜交替で働く交替制勤務だけでなく夜間だけ働く「夜間勤務」があります。この場合は交替制勤務にくらべ体内時計の乱れは少なくてすむことが知られています。では交替制勤務を廃止し、「昼間勤務」と「夜間勤務」の2つのみを採用すれば健康への影響を抑えられるでしょうか? たしかに体内時計への影響は少なくできるかもしれません。しかし常に夜のみ働く夜間勤務者では、家族とのふれ合いなど社会的生活を送ることへの影響がより大きいという問題点が指摘されています。どのような働き方がベストなのか、議論はつきません。


 交替制勤務でもほとんど健康に影響が出ない人や、当初は影響があってもやがて交替制勤務の生活リズムに慣れる人もいるようです。交替制勤務の負担が強いと感じる方は産業医や地域産業保健センターなどで、勤務時間の変更や配置転換などを相談することをお勧めします。また、今回研究対象とした前立腺がんの早期発見には前立腺がん(PSA)検診が有効です。これは採血1本ですむ簡単な検査です。


 体内時計の乱れによる発がんの危険性についての疫学研究は、国際的には報告があるものの日本ではほとんど実施されてきませんでした。今回のJACC Studyの研究成果は、前立腺がんと交替制勤務の関連について直接、実証を行った世界でも初めての報告となりました。なお、発癌リスクを評価する世界保健機関(WHO)所属組織である国際癌研究機関(IARC)は2007年12月に、深夜業を「発癌性がおそらくある因子(probable carcinogen)」として正式にリストに加えることを表明しました。関係性の確かな評価にはさらなる追加研究が不可欠ですが、今回の研究成果(2006年Am J Epidemiol 164巻549-555頁に掲載)が、このテーマについての疫学研究や議論を国内においても高めていくひとつのきっかけになることを期待しています。

【図1】勤務時間と前立腺がんリスクとの関連

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