胃がん検診の効果

溝上哲也


 厚生労働省「がん検診の有効性評価に関する研究班」報告書 (1998年)によると、胃がん検診は「受診を勧奨する証拠がかなりある」とされています。しかし、その根拠は無作為比較試験(検診を受けるかどうかをくじなどで割り当てて対象者の偏りをなくすように考慮した研究デザイン)によるものではなく、地域相関研究(地域ごとの検診受診率とそれぞれの地域の死亡率を1つのグラフの上にプロットして検診受診と死亡率との関係をみたもの)や症例対照研究(ある病気で死亡した人と死亡していない人が過去に検診を受けているかどうかを比べたもの)の結果に基づいています。このためバイアス(偏り)による有効性の過大評価の可能性が指摘されてきましたが、これまでのところ、バイアスの影響を考慮した検討はほとんどおこなわれていませんでした。


 この研究では、大規模コホートのデータを用いて、胃がん検診の効果に関して分析を行いました。その結果、胃がん検診を受けた人はそうでない人にくらべ、胃がんばかりでなく、胃がん以外の原因による死亡のリスクも低いという結果が観察されました。このことは、これまでの研究でみられた胃がん検診受診者での胃がん死亡リスクの低下は、『健康受診者影響』(検診を受ける人は受けない人よりももともと健康である)による見かけの効果であるかもしれないという可能性を示唆しています。(Prospective study of screening for stomach cancer in Japan. Int J Cancer 2003;106:103-107)。


検診の評価に関する偏り(バイアス)とは

 調査票では過去1年間の検診受診歴についてお尋ねしています。今回の分析では、胃がん検診群の健康特性の偏り(選択バイアスともいいます)に特に注目しました。まず、胃がん検診受診群では過去も積極的に検診も受けているとすれば、コホート開始時に潜在的な胃がんを持っている人の割合が非受診群より少ないことが考えられます。この点は追跡開始3年間の死亡を除くことでその影響の度合いを評価しました。2つ目は、胃がん検診を受診する人は、緑黄色野菜の頻回摂取やタバコを吸わないなど胃がんにかかりにくい健康習慣を持つ傾向がある場合に起こりうるバイアスです。これらの要因は交絡因子として統計的に補正しました。


 最後に、生活習慣の違いだけでは説明できない全般的な『健康受診者影響』です。これについては胃がん以外の原因による死亡リスクが胃がん検診受診群で低下していないかどうかを検討することにしました。そして、これらの要因を考慮しても、胃がん検診を受けた人は受けなかった人に比べ、胃がんによる死亡リスクが低下している場合を、「検診の効果がある」と判断することにして、研究を進めました。


胃がん検診受診者は死亡のリスクが低い集団である

 結果を図に示します。男性では検診受診によって、胃がん死亡リスクが45%低下、その他の原因による死亡が20%低下していました。その差を胃がん検診の効果と判断したいところですが、タバコなどのがんと関連することが知られている他の要因を統計学的に補正すると、胃がん死亡とその他の原因による死亡リスクの差は6%まで接近しました。一方、女性では受診群での死亡リスク低下は胃がんとその他の死因とでほぼ同じでした(非受診群とくらべいずれも約30%の低下)。すなわち、胃がん検診受診者では確かに胃がんによる死亡のリスクは低下していたけれども、胃がん以外の死亡のリスクもほぼ同様に低下していたという結果が得られました。

【図】胃がん検診受診と死亡リスク(男性)


胃がん検診を受けた人が健康状態が良好なのはなぜか

 胃がん検診受診者では死亡するリスクが他の人に比べ低いことにはいくつかの理由が挙げられます。例えば、検診受診者は疾病予防への関心が高いので、健康的な生活習慣を持っているかもしれません。それだけでなく、軽い症状でもすぐ病院にかかり、病気が見つかれば積極的に療養するなどの疾病管理行動をとるとも考えられます。また検診受診は社会参加と密接に関連しており、そのことを通じて生命予後によい影響がもたらされているのかもしれません。


 いずれにせよ今回の分析結果は、自ら胃がん検診を受けている方々は生命予後に関して(よい意味で)選択された集団であることを示しています。既に知られているがんのリスク要因などの影響を含めた場合に観察された検診受診に伴う20-40%の全死亡リスクの低下を、検診の評価では考慮する必要がありそうです。


 日本では、胃がん検診受診率は10数パーセントと低く、また受診者の固定化(毎年同じ人々が検診を受け、受けない人は毎年受けていない)が指摘されています。受診群と非受診群との間の死亡率の差はそのようなところからきているのかもしれません。


 検診受診に関連した大きな健康格差が存在することを示唆する結果を得たことは、今回のように検診の受診状況を聞いておいてその後の死亡率を比べる観察型疫学研究による検診評価の難しさを示しています。このため「胃がん検診に効果があるかどうかは検討の余地がある」という問題提起をしました。


実施済みの検診の評価は可能か?

 様々な理由により偏った結果を得る可能性がある観察研究ですが、証拠としての信頼度が高いといわれる無作為比較試験でないと、検診について正しい評価ができないのかというと必ずしもそうではなさそうです。


 例えば、最近の研究動向をみると無作為比較試験でない観察型の研究にも多様なアプローチがあることに気づきます。 2003年のランセット誌(代表的な国際医学雑誌)には、乳房造影検査による乳がん検診の効果について、検診導入前後で死亡率を比較した2つの研究論文が掲載されています。


 ひとつは乳がんと診断された女性の死亡率を検診導入前後で比較したスウェーデンの研究、他方は乳がん死亡者の生前住所を用い、その地域での検診導入時期と乳がん死亡率の変化とを関連づけたオランダの研究です。いずれも観察型研究により検診の効果をある程度実証できることを示しています。


 がん検診の受診実態や保健医療情報のしくみが異なる日本で適用できるかどうかを含め、胃がん検診のように以前から行われてきた検診の評価方法として今後検討すべき研究方法だと思われます。

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