輸血歴と循環器疾患死亡との関連

山田茂樹


 今までに行われたJACC Study研究で、 脳卒中疾病の中で最も死亡率の高い疾患である『くも膜下出血』について、その死亡関連リスク要因を網羅的に解析したところ、これまで報告されていなかった1990年以前の輸血歴が男性において死亡リスクを4.20倍、有意に上昇させることが分かり、2003年に国際的専門誌であるStroke(34巻 2781-2787)に発表しました。 そこで今回、くも膜下出血以外の脳卒中や虚血性心疾患などの循環器疾患についても同様に輸血歴がリスク要因となりうるのではないかと 考え、日本人における1990年以前の輸血歴と脳卒中及び虚血性心疾患による死亡との関連を男女別に検討しました (Cerebrovascular Diseases誌 2005;20: 164-171掲載)。


 1988~90年に全国45地区で研究参加時に行ったアンケート時点で、 脳卒中や虚血性心疾患、がんの既往がなく、輸血歴の有無についてのアンケートに回答があった88,312人 (男性 36,823人、女性 51,489人)について検討しました。 対象者のうち9,361人(10.6%, 男性3,632人、 女性5,729人)に輸血の既往がありました。


1990年以前の輸血の既往歴は、全ての循環器疾患の死亡リスクが有意に上昇していた

 くも膜下出血を除く脳内出血、虚血性脳卒中(脳梗塞)、虚血性心疾患(心筋梗塞)のそれぞれについて、輸血歴との関連を検討した結果、いずれも有意に死亡リスク上昇が認められました。循環器疾患と関係の強い要因である年齢、高血圧症、糖尿病、喫煙、アルコール摂取、体型(Body Mass Index)について統計学的に調整を行っても、脳内出血で2.16倍、脳梗塞で1.63倍、心筋梗塞で1.66倍と有意に死亡リスクが上昇していました。 男女別では、脳内出血では男性で2.33倍、女性で1.97倍の有意なリスク上昇が認められましたが、 脳梗塞、心筋梗塞では男性でのみ1.92倍、1.71倍のリスクで、女性では有意差は認められませんでした。 くも膜下出血では、男性でのみ4.20倍のリスク上昇が認められたことも含めて、 輸血歴は女性よりも男性に関連が強く、虚血性疾患よりも出血性疾患との関連が強いことが示唆されました。


日本における輸血の歴史

 本研究のアンケート調査が行われた1988~90年は、200mlまたは400ml全血輸血が輸血の主流であり、 輸血後肝炎がまだ多くみられました。当時はまさに日本の血液事業にとっての変革期であり、 日本赤十字社の血液事業の歴史によれば(http://wanonaka.jp/blood/history.html参照)、 1985年にHIV抗体スクリーニングの実施、1989年にHCV(C型肝炎ウィルス抗体検査)のスクリーニング検査が開発され、 1991年から本格的な献血基準の見直しが実施されたとあります。 白血球による輸血の副作用が問題となり、対策が取られ始めたのはさらに後で、1994年に輸血時に白血球除去フィルターが導入されるように なり、1996年から輸血前放射線照射が開始されるようになりました。 現在行われている保存前白血球除去成分輸血が全ての輸血用血液製剤で実施されるようになったのは2007年からです。


輸血が循環器疾患に関係するメカニズム

 献血の歴史から、1990年以前に行われた輸血が、くも膜下出血、脳内出血、虚血性脳卒中(脳梗塞)、虚血性心疾患(心筋梗塞)と関連するメカニズムの仮説として、「輸血に関連した免疫修飾」「HCVに代表される輸血関連感染症」が考えられます。 動脈硬化症など血管障害の発生に免疫応答が強く関連していることは様々な実験結果から立証されています。また、輸血用血液に含まれる白血球に起因する有害事象として、輸血関連移植片対宿主病(TAGVHD)、免疫修飾(TRIM)などが知られています。 免疫修飾の代表的な例として、献血者の白血球が含まれている血液を輸血すると輸血された患者には、術後感染症が発生するリスクや様々ながんが再発するリスクが有意に高いことが広く知られています。また、輸血に関連した術後感染症の発生率の上昇は、白血球除去フィルターを使用することで有意に抑制されることも研究結果で知られています。 一方、慢性感染が脳卒中や虚血性心疾患など循環器疾患の原因となりうることも多くの疫学的研究で報告されています。ただ、HCVなどの血液感染が直接的に循環器疾患の罹患もしくは死亡リスクと関連したとする報告はなく、その可能性は低いと考えられました。また、本研究はHCVの血清情報がないため、HCV感染との関連を直接的に検証することはできませんでした。 以上から、輸血に関連して慢性的に免疫応答が惹起されることが、循環器疾患の発症メカニズムに関係しているのではないかと我々は考えます。


 この研究結果とメカニズムの仮説は、さらなる疫学的研究、実験的研究によって検証される必要があると考えています。

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