在宅高齢者を対象とした介護予防型家庭訪問の開発

背景と目的

介護支援が必要とされる認知症高齢者は増加の一途をたどり、2025年には323万人になると推測されています。現在までに薬物療法が認知機能の改善に有効であるという報告はあるものの、効果は限定的であり、薬物を用いない介入の必要性が示唆されています。過去に、回想法や現実見当識訓練、学習療法、運動といった薬物を用いない介入が認知機能の改善に有効であるという報告もありますが、介入は画一的な集合型プログラムが中心でした。北欧では、地域在住高齢者に対する家庭訪問が制度化されていますが、認知症予防に焦点を当てた報告はこれまでのところありません。

 当教室では、池野らが、2007年から2008年にかけて北海道本別町および鷹栖町在住75歳以上の高齢者を対象として『作業バランス自己診断』を用いた家庭訪問による介入を実施した結果、認知機能に改善傾向を認め、在宅高齢者に対する個別プログラム有用性の可能性を報告しました。しかし、対象者数が22名と少なく、また、交差試験であったため、非介入群に持ち越し効果を認める可能性が示唆されました。このような背景により、2009年からは対象者を十分に確保した上で、高齢者がプログラムをより明瞭に実施できるよう従来の作業バランス自己診断を改変した『在宅高齢者生活機能向上ツール(Functioning Improvement Tool: FIT)』開発し、家庭訪問の無作為化比較試験を実施しました。

対象と方法

 対象者は、2008年10月1日時点において、65歳以上の北海道新ひだか町または日高町市街地在住者のうち、適格基準に該当し、研究への同意を得られた252名です。適格基準は、次の2点いずれかを満たす者としました。(1)介護認定で要支援1、要支援2、経過的要介護、要介護1に認定されている者。(2) 特定高齢者に認定された者を含む2008年度の生活機能調査で実施された特定高齢者選定用スクリーニングである基本チェックリスト25項目のうち1項目以上チェックがついた者。

 対象者を無作為に介入群(128名)と対照群(124名)に割り付け、介入群には、2009年1月より1ヶ月に1回、3ヶ月間、1回あたり約1時間の在宅高齢者生活機能向上ツールを用いた家庭訪問を行いました。対照群には、家庭訪問は実施しませんでした。

 家庭訪問で用いた在宅高齢者生活機能向上ツール(図1)は、6ステップから構成されています。ステップ1では、1日の作業を書き出します。ステップ2では、書き出した作業についてそれぞれ誰のために行ったのか記載し、その作業を義務として実施したのか、願望として実施したのか 記載します。ステップ3では、意味づけされた各作業を4分類し作業数を集計します。ステップ4では、分類された作業が全体に占める割合を計算します。ステップ5では、作業の割合をクモの巣グラフ化し、自己の作業バランスを視覚的に把握します。最後のステップ6では、今の生活をどう考えているのか、対象者と介入者が話し合い訪問を終了します。

在宅高齢者生活機能向上ツール(Functioning Improvement Tool: FIT)

図1. 在宅高齢者生活機能向上ツール(Functioning Improvement Tool: FIT) 

 評価項目は認知機能、年齢、性別、居住地区、介護レベル、教育歴、年収、2008年9月の介護保険給付月額、既往歴、居住形態、婚姻歴、団体やサークル活動参加の有無の12項目です。Mini-Mental State Examination(以下MMSEと略す)により認知機能の評価を実施しました。MMSEは、11項目30点満点で構成されていいます。対象者252名のうち、介入期間中の脱落者は42名、認知機能評価尺度に欠損値がある者は11名であり、分析対象者は介入群99名、非介入群100名でした(図2)。

研究デザインと対象者選択の流れ MMSE: Mini-Mental State Examination  

図2. 研究デザインと対象者選択の流れ MMSE: Mini-Mental State Examination 

結果

 事前評価における対象者の背景は、平均年齢(標準偏差)78.6(7.4)、後期高齢者129名(64.8%)、男性60名(30.2%)でした。事前評価において介入群と非介入群を比較すると身体状態や社会関係、および事前評価のMMSE得点は両群において差はありませんでした。

介入前後において介入群のMMSE得点平均値(標準偏差)は、事前評価24.2(4.3)点から事後評価25.0(4.8)点へと有意に改善しました(P=0.004)(図3)。

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認知機能重症度別に結果を見ると、軽症の認知機能低下群において非介入群と比較して介入群のMMSE得点変化が有意に改善した(P=0.04)(図4)。一方、重度の認知機能低下群と認知機能障害なし群においては認知機能の変化を認めませんでした(図5, 6)。

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2010年には、この認知機能改善効果が、FITそのものの効果によるのか、会話を含む訪問の効果であるのか判定するために、家庭訪問を受けなかった対照群の対象者(31名)に対して再度無作為比較試験(対照群:日常会話を行う30分間/回の家庭訪問)を実施しました(図5)。

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その結果、介入群の前頭葉機能が改善し、認知機能の改善はFITの直接的な効果であることを確認しました(表1)。

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我々が実施した研究に参加した者への面談によると、約2割の対象者がFITを難しいと感じ、生活そのものに変化があったと回答しました。このような回答をした高齢者の中には、初めて文字を書くことや計算を行う高齢者、冬季の北海道で外出を控えがちな高齢者が目立ち、FITが高齢者にとって生活を変えるほど大きな刺激となることは特筆すべき点となっています。また、同面談によりFITによる訪問者は、守秘義務が課され、かつ、健康相談にも応じられる保健医療の専門家を望む意見が多いこと、家庭訪問は年4回を望む意見が多いことを把握しました。

結論

これらの結果より、我々が開発を手がけたFITを用いた家庭訪問は、今後も老年人口が増加する我が国における在宅高齢者の認知症予防、および認知機能低下による要介護状態への移行を抑止する有用な手法となる可能性が示唆されました。しかしながら、介入は3ヶ月間と短期であり、長期的に介入を行った場合の効果については今後の研究課題として検討しています。

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